<Under the mistletoe>
「嫌だ。」
「しかし、警視。」
「いやっ。今すぐでないとダメ。」
泉田の溜息は、ざわめきにかきけされる。
ここはホテルのロビーのどまんなか。
クリスマス近い週末、混雑といいほど多くの人が行き交っている。
恨めしい思いで天井を見上ると、
煌くシャンデリアの周りに丸くリース状に飾られた『ヤドリ木』。
せっかくさっきまでここの最上階で少し早目のディナーを楽しんでいたのに、
一転、目の前の美女が拗ねる原因を作ってくれた、クリスマスオーナメントだ。
『ヤドリ木の下にいる人にはキスをしてもいい』
なんて、日本では通用しないし知らない人も多い(はずだ!)。
ましてやこんな人ごみの中で、いい年の大人が出来ることではない。
涼子は腕を組み、そっぽを向いてしまっている。
ここから一歩も動くものかという構えだ。
泉田はもう一度丁寧に繰り返した。
「警視、場所柄をわきまえて下さい。」
「プライベートだもん、関係ない。」
「社会的お立場もあります。」
涼子はきっと泉田を睨みつけた。
「あたしにかこつけてるだけでしょう?本当は泉田クンが自分の身がかわいいだけじゃない!」
泉田は短いため息をついて瞑目した。
その通りかもしれない。否定はしない。
しかし、それ以前にもっと理由があるだろう、2人の年になれば当然持ち合わせる分別とか常識とか!
前夜までほとんど徹夜で捜査に走り回っていた疲労が、忍耐力――堪忍袋の緒を静かに断ち切る。
泉田はゆっくりと目を開くと静かに告げた。
「…警視のご希望はよくわかりました。しかしおっしゃるとおりプライベートですからね。
私にも自由がある…ご希望には添いかねます。」
涼子がうつむいてぐっと唇を噛む。
ぎりっという音が聞こえてきそうなほどの表情。
言いすぎたか。
泉田は慌ててとっさに涼子に手を伸ばした。
ぱしっ。
その手は見事に払いのけられ、涼子はくるりと踵を返した。
そして少し間を置くと、傲然と頭を上げて、物も言わずに歩き出した。
ベージュのカシミヤのコートの背中が、瞬く間に人ごみに紛れる。
追うべきか?一瞬の迷いが泉田の足を止めた。
そしてその止まった数秒が、もう泉田を動けなくさせた。
ロビーのざわめきが耳に戻ってくる。
うつむいてしまった涼子の表情が、無意識にリピートされる。
泉田はもう一度ヤドリ木を見上げた。
ヨーロッパでは古くから生命力の象徴として崇められているが、とんだ不幸の木だ。
しばらく立ち尽くした後、泉田は一人ホテルを出た。
ドアマンの前を通り過ぎ、タクシーを横目に通りに出ると、冷たい風が吹きつけてくる。
なんて言えばよかったのだろう。
涼子と時間をともにするようになってから、何度も繰り返す後悔。
そのたびごと情けなさと苛立ちが交錯して、少し億劫になる。
きっと何か気の利いた言葉があったのだと思う。
涼子が望む何か。
年上なのに、仕事で負けているだけじゃなくそんなことも見つけられないなんてな。
謝ることは簡単だ。
ただこんなことを繰り返して何になるのだろうかと思う。
いつか必ず、涼子は疲れ愛想をつかすことは間違いない。
その日に向かって進んでいるだけだ。
「…解放されたら、それはそれでこっちも嬉しいだろうけどな。」
本音半分、強がり半分でつぶやいた言葉は、夜気の中、白い吐息になる。
その時だった。
泉田の目に、ショーウィンドウの大きなポスターが飛び込んできた。
それはザナドゥ・ランドのクリスマスPR。
キャラクターであるホワイトラットが2匹。
名前は何と言うのか知らないが、恋人同士なのか幸せそうにキスを交わしている。
その手にあるものは…。
「・・・なんだ、こんな使い方もできるのか。」
まるで天啓のようだ。
いやいや、悪魔の誘いかもしれないと疑い、しかしクリスマスシーズンなのだからとまた思い直す。
自然に口元が緩む。
さあ、今この瞬間、さっさと謝って早く腕の中に抱きしめたいと感じる気持ちに素直になろう。
まだ開いている花屋はあるだろうか。
泉田は足早に駅の方へ向かった。
携帯からメール着信音がする。
帰ってきた服のままベッドに寝ころんでいた涼子は、物憂げに顔を上げるとディスプレイを見た。
『さっきは申し訳ありませんでした。今どこにいるのか教えて下さい。』
今まで何度も受け取った謝罪メール。
本当に悪いと思っているのだろうか?謝れば済むと思っているんじゃないの?
機嫌をとっておかないとまずいと無理無理送っているのかもね。
…違う。
涼子は苦笑いを浮かべながら首を振った。
こんな風にまっすぐに届けてくる気持ちが本当だと知っているからこそ、
涼子はいつも絶対の信頼で背中を預けているのだ。
迷いなくマンションの名前を返信する。
誰にも、情けない顔を見せたくなくて選んだ一人の場所。
涼子は起き上がって、カーテンを開けた。
目の前の大きなビルには、巨大クリスマスツリーのイルミネーションが浮かびあがっていた。
インターホンに応じて開いたドアから滑り込み、後ろ手で素早く鍵を閉めると、泉田は涼子を抱き寄せた。
そして手に持ったものを、涼子の目の前で振ってみせる。
「こんな便利なものがあることをご存知でしたか?」
「・・・知らなかったの?最近日本でもあちこちで売っているじゃない。」
「知りませんでした。」
「勉強不足ね。」
「呆れましたか?」
「・・・呆れない。今日ちゃんと勉強したんでしょ?それならよろしい。」
2人は笑いながらコツンと額を合わせた。
「これからクリスマスまでは持ち歩きましょうね。」
泉田は、リボンのついた小さなヤドリ木の花飾りを2人の上にかざし、そっと唇を重ねた。
Kissing under the mistletoe.
ヤドリ木の下でキスをすると、思いが叶うという習わし。
迷いながらもこれだけ引き合うなら、それはもう運命でしょう。
Joyeux Noël !
どうぞ聖なる幸せな夜を。
・・・そしてこの恋人たちの夜が何にも邪魔されぬよう、世界に安らぎと平和を。
(END)
*かなり糖度高めストーリー追いつかずで申し訳ありません。
ほんの2・3時間前までは全く違う話を考えていたのに、なぜかこんな方向に…
これはお涼サマの呪い(!?)かもしれません。
文中ではPRポスターで出てくるホワイトラット2匹がキスしている構図は、
某ネズミーランド(笑)のキャラクターでは、フィギュアが出ています。
どのお買いものサイトでも現地でも売り切れ御免状態の人気だったようですよ。
ヤドリ木をかざしてミニーにキスするミッキー、写真見ましたがとてもかわいかったです。
12月12日16:16『遅れなければ・・・来月に新刊出るハズ』という拍手コメントをお寄せ頂いた方、本当にありがとうございます!
左目の痛みが右目に移ったこのぼろぼろの状態でも『書こう!』というエネルギーが無限に湧き出ました。
また、12月8日0:18、予告何時間かで迅速にタイトルの綴りの間違いを暖かな言葉で御通報下さった方、
ありがとうございました。助かりました。お恥ずかしい・・・精進いたします。